アカギ
小笠原から無事帰ってきました。
現地や船の中で書いておいたブログをupしていきますね。
ではさっそく、アカギについて。
漫画のアカギではなくて木のアカギです。
アカギっていうとやっぱり「赤い木」だからアカギなんです。
wikipediaにも樹皮が赤いからアカギってあるし、木(材)が赤いからという説明がなされることもある。
確かに赤い。
でもね、これ俺は違うと思ってて。次の写真見てくれる?
これ樹液なんだけど!
つうかびっくりするくらいの傷口状態。
だれかマキロン持ってきて!
これまでレポートしたようにアカギっていうのは小笠原では駆除対象なんだけど、その生命力の強さから所変わればとても大事にされているらしい。
実も凄くたくさんつけるので、多産のイメージもあるみたい。
でも、そういう見方をされるというのは多分樹液も関係しているんじゃないかと。
血の色をした樹液を持つ生命力の強い樹木。
そりゃ、かの地の人々がなんらかの力を感じてもおかしくない。
そんなアカギを薬剤注入したり、その後伐採していく訳だけど、事はそう単純ではなくて。
一気に枯らしてしまうとその下にある希少植物が乾燥によって弱くなってしまったり、アカギに集まる動植物に影響が出てしまう。
つまり、アカギがもうすでにこの地の生態系に組み込まれていると。
アカギがここに適応した結果、純林が形成されている。
この純林を壊してしまうのか。
増えすぎた種をどのように処理していくか、人間の一世代のスパンくらいではなかなか答えの出せない問題でもあったりして本当に難しい。
とりあえずいまはアカギの数の少ないところからつぶしていくという形をとっているみたい。
考えだすときりがないけれど、僕は現場で事故なくケガなく作業をしていきたいと思う。
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コメント
でき杉さんお疲れ様でした。 昭和39年に東京から三宅島に石炭船でスケッチに出かけたことを思い出しました。
石炭艙の薄暗い中で食事といえばカレーライスに生卵の黄身を手づかみで放り込んだものだけ 物凄い波にもまれて幾度も死ぬかと(笑) でも今ではいい思い出になってます。
きっとでき杉さんのご家族の中の楽しい伝承になってゆくんでしょうね今回の小笠原、桁違いに遠いし(汗)
アカギ、面白い木ですね。 乾燥してからも同じように赤いままなんでしょうか?
楽しみにしてます。
割れとか色々な特性、だんだん明らかになってゆくんでしょうけれど、旋盤加工の素材としても興味があります。 続報がありそうなので
投稿: 木挽屋次郎 | 2011/10/05 14:48
木挽屋さん、どうもです。
名前は使い分けているのかな。
小笠原は本当に遠い。
でもこの船旅の遠さがいいのだと思います。
アカギは乾燥したらグレーがかった焦げ茶になります。
ベンチにしたものを見たんですが、割れはなかったですが、ねじれ、うねりがありました。
癖があるので、木工屋さんはきらうそうです。
ネットでたしか旋盤加工したような記事がどこかにあったように思います。
今回のチェンソーアートは半割と心持ちと両方やったみたので、さてどうなるか。
それほど大きく割れる事はないように思ってるんですが。
投稿: でき杉 | 2011/10/05 17:25
小笠原遠征、お疲れ様でした。
アカギ、本当に血が出てるみたい!びっくりです。
Wikipediaによると薪炭材用として移植されたそうな。いい炭になるのかな。家具にもなるって書いてありますね。チェンソーアートの写真を見るとなかなかいい感じですが、何か利用できるといいですね。
投稿: iw@saki | 2011/10/07 02:27
iw@sakiさん、僕も最初はびっくりしました。
樹液は翌日も赤いので、いつまでも生々しかったですね。
小笠原で外来植物とされているものは、結局人間が持ち込んだものなんです。
アカギも当時の人がよかれと思って持ち込んだものですし、ギンネムも道路の法面処理に持ち込んだものが繁殖してエライ事になってます。
アカギも1万年後にはボニンアカギなんて変化をしているかもしれません。
投稿: でき杉 | 2011/10/07 20:24