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2006/10/24

村上隆『芸術起業論』を読む(3)

さて引き続いて村上隆さんの『芸術起業論』を読んでいきましょう!

では、早速。

第三章 「芸術の価値を生み出す訓練」

芸術商品

アーティストはお客さんに育てられるところがあります。

生き残るのだ、という情熱が不可欠なのです。

ものを伝えることは娯楽だと割りきらなければなりません。
興味を抱かせて、楽しませて、ひきこんでゆく。

観客を含めた、参加している人間をすべて楽しませるかどうかが大事なのです。

芸術には、荘厳で敬虔なものだけでなく、かわいくほほえんで楽しむものもあるはずです。

まず、この第3章で気になるのは「芸術商品」という言葉です。
僕はチェンソーアートの作品を作るときは、まさにこの「芸術商品」というのを念頭に置いています。
売れる作品になるようにすごく注意を払っています。
どんな注意を払っているかと言うと。

芸術には、荘厳で敬虔なものだけでなく、かわいくほほえんで楽しむものもあるはずです。

まさにこれ。
僕のチェンソーアート作品、そしてこの出来杉計画は「かわいくほほえんで楽しむもの」にしようと思っています。
まあ、自分が好きなものを作っているだけ、とも言えるんですけどね。
でも、やっぱり狙ってもいるわけです。

ものを伝えることは娯楽だと割りきらなければなりません。
興味を抱かせて、楽しませて、ひきこんでゆく。

観客を含めた、参加している人間をすべて楽しませるかどうかが大事なのです。

これ、むちゃくちゃ大事ですね。


では、次! 最後の第4章です。

第四章 「才能を限界まで引き出す方法」

人類の考えの痕跡を残すものが表現です。

成功したいという情熱よりも、今のままではイヤだという不満が僕を動かしている。

「作品のために何でもする」という正義があるかどうかで、結果は変わると思うのです。

ぼくがアーティストの英才教育をする時にまっさきに教えたいことは「挫折」です。

自分が作品表現をしている理由。
自分がビジネスをしている理由。

表現の世界に運命を賭けたんでしょう?

芸術とは命の伝達媒体ですから、時代を超えて人々に受け継がれてゆくものです。

やはり自分のための茫洋な自由の中からではなく、目的に合う設定を作りこまなければ、他人には届かないものになってしまうのだと思います。

最終的には「なぜ表現しようとしたのか」の魂に辿りつけばいいのです。

残るのは作品であって人物ではありません。

芸術作品は人の心を動かしてはじめて成立します。

この第4章で気になるのは、まず

今のままではイヤだという不満が僕を動かしている

これ。
僕も同じです。
いや、だれでも同じかな?

あとは、やっぱりこれですね。

芸術作品は人の心を動かしてはじめて成立します。

うん、これは忘れちゃいけないな。


とまあ、ざっと村上隆さんの『芸術起業論』に目を通して来たわけですが、実は自分用に引用をまとめたものは、もっとボリュームがあります。
今回ブログにupしなかったなかにも、大事な表現はいっぱいありました。
もし、すこしでも興味を持たれた方はぜひ手に取って読んでみて下さい。
きっと得るものは大きいと思いますよ。



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出来杉店!(てん)」カテゴリの記事

コメント

語ってますねぇ!(村上さんが・・・)
芸術商品について僕の場合は、
「でき杉さんの作品だから買う」
という理由が一番目でした。
次に
「持ってきてもらったらけっこう
 かわいいやん(フクロウ)」
というのが二番目ですね
ついでに自白しますが
それを贈った二人には
「俺作ってん」
とウソをつく
これはアーティストへの最大の賛辞と
冒涜の行為ですねぇ(笑)
後でタオルとともに本当の作者を紹介しましたが
二人の間にベイビーが出来るらしいです。
これも出来杉計画でしょうか?

投稿: 祝い杉 | 2006/10/24 22:47

こんにちは

「アーティストの目標は魂の救済」
? ? ウン? 誰の?
と気になり今日まで読んできました。

独りよがりにはならないが、自分というものを失わない。
要求には答えるが、媚はしない。
時代に反応するが、巻き込まれはしない。

ああ、こんな気持ちを持ちながら作品を売って生計をたててゆくとは、芸術家という人生はなんて大変なんでしょう。
私だったら、妥協点も見つけられずに、自分のちっぽけなプライドに押し潰されてしまいそうです。

チェンソーアートが沢山並んでいるのを見たのは、大会の2回だけ。
思ったのは、パッと素人の心を捉えるものと、当事者が素晴らしいと思う物は違うということ。
どんな世界でもそうなのかもしれないけれど、途中の技術がどうだったではなく素人が見ることができるのは「結果」。

でき杉くんの作品に目がいったのも、ご自身が書かれている「かわいくほほえんで楽しむもの」が現れていたからです。
そして、木を好きで楽しんで製作されていたでしょう?
そんな気持ちが、見たり買ったりした人に伝わるんだと思います。

「魂の救済」と言う言葉で宗教画を思い浮かべてしまったのだけれど、「にっこりほほえみ、知らないうちに楽しい気持ちにさせてくれる =
でき杉プロジェクト」は着実に進んでいきそうですね。

☆☆祝い杉さんのコメントから、ベイビー!
  キャッ!!
  おめでとうございます!!!☆☆

投稿: まる | 2006/10/25 14:37

いやあ、祝い杉くん、作者を騙るのはやり杉ですよ!!
ここは一つ、チェンソーアートスクールに通ってもらって作品を作れるようになってもらわないといけないな。
待ってるからね!

あ、そうそう「トロフィー」はどうなったのかな。
完成した?

投稿: でき杉 | 2006/10/25 21:00

まるさん、完璧なコメントありがとうございます!

「思ったのは、パッと素人の心を捉えるものと、当事者が素晴らしいと思う物は違うということ。
どんな世界でもそうなのかもしれないけれど、途中の技術がどうだったではなく素人が見ることができるのは「結果」。」

これするどスギです!!
本当にその通りだと僕も思っています。


やっぱりこちらが「これは間伐材を利用していて、普段なら相手にされない木材を有効利用して作ったんですよ。(エラいでしょ!)」っていうよりも、周りの方に「かわいい! これ何の木で作ってあるんですか」って聞かれて、「これは杉なんですよ。最近はこんないい木が山に捨てられててもったいないですよねえ」っていうほうが伝わると思うんです。

これからも出来杉計画はこの路線でがんばります!!


p.s.
祝い杉くんが書いてくれていたのは、僕の作品をプレゼントした新婚さんがこの度めでたくご懐妊ということのようです。
でき杉作品には、子宝に恵まれるご利益もあるみたいですね!笑

投稿: でき杉 | 2006/10/25 21:15

こんばんは

うわっ はやとちりすいません
あ~ぁ 恥ずかしい★

投稿: まる | 2006/10/25 23:05

やり杉ました・・(反省)
作品を作れるチカラが基本にないと世の中に
アクションできなかったり、その結果の
リアクションが当然ないんですのー
オーバーカットを繰り返し小さくなっていき
「参加賞」レベルになりそうな「優勝トロフィー」
はまだ完成していませんです。
(ボーリング大会が未定なもので)
今日は師匠の職場で山の話をしてたのですが
「でき○○計画」を多少強引に思いつきました
ので、実行を検討したいと思います。
○○は何の木にしようかなぁ・・・

投稿: 祝い杉 | 2006/10/27 21:18

いやいや反省なんて祝い杉君には似合わないっす。
これからもその調子でスイスイっと乗りこなしていっちゃって下さい!

で、大会自体が未定でしたか。
それじゃあ、トロフィー作りにも気合いが入りますまい。
やっぱり「チカラ」よりも「いいものを作る」という強い気持ちだと思うよ。

「○○計画」楽しみにしています!!

投稿: でき杉 | 2006/10/28 18:54

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